一昨日の千生研(千葉県生活指導研究協議会)大会での学習会。
私が担当した分科会の低学年の実践レポートで、教師が「いい子・できる子」と評価している(見ている)子が出てきます。
給食も、自分が食べられないな食べ物を一生懸命努力して食べられるようになろうとします。
その「努力」(←あえてカッコ付で)に対して教師はどう評価するかというテーマで考えました。
努力しているんだから誉めるのは当然!…、と考える場合と、低学年で自ら苦手な食べ物を食べられるようになろうとする行為は逆にちょっと心配、自分を追いつめてしまう子になってしまうんじゃないだろうか?という考え・見方もあるわけです。
どちらが正しいということではなくて、教師はこのように子どもを多様な入り口から見てあげる必要があると思うのです。
教師が「良かれ」と評価していることが、その子を逆に追いつめてしまうこともあるということです。
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> 教師が「良かれ」と評価していることが、その子を逆に追いつめてしまうこともある
学校に行けなくなる子どもの多くに、その直前に過剰適応がみられます。自分の能力を超えて、係をたくさん引き受けたり、自由勉強をたくさんしたりして、限界を超えてしまうと、張り詰めた糸がぷつんと切れるように、動けなくなってしまうのです。
いい子圧力の高まりの中で、親や教師からの褒め言葉は、「褒められるようにせよ」という命令であり、家でも学校でも気の休まるときがなくなってしまいます。親や先生が真面目で頑張り屋だと、子どもは限界を超えるまで、頑張り過ぎる傾向があるようです。
先生が、ちょっとだらしなかったり、ときに手抜きや失敗をしたりすると、子どもはすごく楽になるんですけどね。